ルイ・ヴィトンによるウォッチラインナップの刷新が続いている。

ルイ・ヴィトンがエスカルのラインナップを発表したのは10年前、そろそろアップデートの時期が来たというわけだ。ブランドは手始めに、シンプルな3針ドレスウォッチ4モデルを用意した。ローズゴールドケースの2モデルと、ダイヤモンドとメテオライトをそれぞれあしらったプラチナケースの2モデルだ。いずれも再構築されたケース、テクスチャー感のある文字盤、そしてレザーストラップを採用している。

アップデートされたケースは直径39mmで、従来のエスカルと同様に、ラグとケースをつなぐデザインはルイ・ヴィトンの名作トランクの真鍮製金具をイメージしている。これは見事な演出であり、たとえそのリベットが装飾であったとしても結果として魅力的なケースに仕上がっている。そしてリューズは本作のテーマに則り、トランクのリベットの形状を模した八角系のドーム型となっている。ケースの表面仕上げはサテンとポリッシュが混在しており、ルイ・ヴィトンはこの美観の実現に手作業による仕上げが必要だったと述べている。

メテオライト文字盤と、オニキス文字盤にバゲットセッティングを施したベゼルを備えるプラチナ製エスカル。

トランクメーカーとしてのルイ・ヴィトンの伝統を称えるデザインはダイヤル上にも続き、15分刻みのマーカーも真鍮製の金具を思わせるものとなっている。ブランドによると、このマーカーは実際に機能的であり、手作業で植字され、中央のダイヤルと外側のミニッツトラックをつなぎ合わせているのだという。RGケースモデルにはシルバーまたはブルーの文字盤を用意した。どちらもルイ・ヴィトンのキャンバス地をイメージした、型押しによるきめ細かなテクスチャーが施されている。外周のミニッツトラックはブラッシュ仕上げで、ゴールドのスタッズがあしらわれている。

プラチナケースのメテオライト文字盤。

プラチナケースモデルはさらに華やかで、メテオライト文字盤(ダイヤモンドなし)とブラックオニキス文字盤(ダイヤモンドたっぷり)がある。プラチナモデルにはともにホワイトゴールドの針が、RGモデルにはケースとマッチしたゴールドの針が採用されている。

新型エスカルの各モデルには、Cal.LFT023が搭載されている。これは昨年のタンブールにも採用されていた自動巻きマイクロロータームーブメントで、ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトンがル・セルクル・デ・オルロジェと共同で設計したものだ。ムーブメントの装飾は比較的控えめで、ほとんどのパーツに均一な粒状の仕上げが施されている。ムーブメントの外観はきわめてインダストリアルだが魅力的で、22Kゴールド製のマイクロローターが美しいアクセントとなっている。

ルイ・ヴィトンのトランクを彷彿とさせるエスカルの横顔。

この価格帯の高級時計では珍しいことではないが、ムーブメントにはエタクロン緩急針が採用されている。しかし競合他社(特にロレックス 1908など)には、フリースプラング方式を採っているものもある。価格はRGの両モデルがともに414万7000円。プラチナ製のメテオライト文字盤モデルは557万7000円(ともに税込)で、バゲットカットダイヤモンドが付いたプラチナモデルは価格要問い合わせとなっている。いずれもカーフスキンストラップが付属する。

ルイ・ヴィトンが本格的に時計メーカーへと変貌を遂げつつある。昨年発表されたタンブールは、すでに人気の高いブレスレット一体型スポーツウォッチの分野に参入する見事なものだったが、今回のエスカルはそれを補完するドレスラインである。おおむね予想どおりではあるが、堅実で均整のとれた、オーソドックスなコレクションに仕上がっている。39mm径の貴金属製ドレスウォッチで、さまざまな文字盤色(ダイヤモンドもある)が用意されているのは、世界有数の高級時計ブランドによる力強い商業的提案のように感じられる。メテオライトとプラチナの組み合わせは他ブランドのドレスウォッチでも見たことがあるものだが、今作はとてもクールな印象だ。

ルイ・ヴィトンのエスカルは、細部に至るまで配慮が行き届いている。高級トランクや革製品を生み出してきたルイ・ヴィトンの伝統を、ひとつひとつのパーツが、実に思慮深く控えめな手法で表現しているのだ。ラグとケースを“つなぐ”装飾的なリベットも、決して仰々しさを感じさせない。

新しいエスカルには昨年のタンブールにも搭載されていたムーブメント、LFT023が採用されている。

機構的には、昨年のタンブールで発表されたCal.LFT023以上に目新しいものはエスカルには見られない。見た目もスペックも申し分のないムーブメントだが、この価格帯のほかのドレスウォッチと大きく変わらない。仕上げや精度に文句を言うのは勝手だが、同じ方向性の時計でエスカルのそれよりも高い価値を提供するブランドは近年では少数派であり、まれだ。

同価格帯の時計、たとえばかつてのカラトラバの価格(Ref.6119Rも508万円なので、ほぼ同じゾーンだが)などを考えると、ロレックス(パーペチュアル 1908)、ランゲ、ショパールなど、ほかのドレスウォッチに目が行くかもしれない。ルイ・ヴィトンのようにグローバルでのブランド認知度を誇るのはそのうちのひとつだけであり、エスカルを検討する際にはおそらくそれがもっとも重要な要素になるだろう。時計を購入するにあたって、それが間違った考えだとは私は思わない。だが、それよりも優先すべき要素がほかにも数多くあることは確かだ。

ここ数年でルイ・ヴィトン、そしてLVMHは時計業界に大きな商機を見出していることを明らかにしており、ラグジュアリーのその他の分野で行ってきたことを、この業界においても行おうとしているようだ。そして何よりもエスカルはこの商機を最大限に生かすために完璧に調整されているように感じられる。確かに考え抜かれており、完成度が高く、技術的にも優れた素晴らしい時計である。そしてブランドは何よりも素晴らしい新たな事業を立ち上げようとしており、タンブールとエスカルがその礎となることを望んでいるのだ。

基本情報
ブランド名: ルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)
モデル名: エスカル(Escale)

直径: 39mm
ケース素材: ローズゴールド、プラチナ
文字盤色: テクスチャーのあるシルバーまたはブルー(RGモデル)、メテオライト(プラチナモデル)、ブラック(ダイヤモンドセットのプラチナモデル)
インデックス: アプライド
ストラップ/ブレスレット: カーフレザーストラップ

ムーブメント情報
キャリバー: LFT023
機能: 時・分表示、センターセコンド
直径: 30.6mm
厚さ: 4.2mm
パワーリザーブ: 50時間
巻き上げ方式: マイクロローター式自動巻き
振動数: 2万8800振動/時
石数: 32
クロノメーター認定: ジュネーブにあるクロノメーター検定機関による認定
追加情報: ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトンとル・セルクル・デ・オルロジェの協同設計

クロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥーが発表した新作、クロノメーター FB RES。

本作は今から4年前の2020年に登場したクロノメーターFB 2REの後継モデルにあたる。
アイコニックなフュゼ・チェーン式伝達機構と1秒ルモントワール・デガリテ機構という、ふたつの精度調整システムを組み合わせた高精度コンプリケーションとなっている。

 機能的に変わらないのなら、新作では何が変わったのか? 前作のクロノメーターFB 2REと見比べると一目瞭然だが、ダイヤルデザインを一新。グラン・フーエナメルではなく、輪列を文字盤側に露出させた“オープンワーク”スタイルとなった。さらにこのオープンワークに合わせてムーブメントを構成する部品は美しさを際立たせるためにすべての歯車、ブリッジ、ネジに至るまで完全手作業により仕上げが施された。

2020年に発表されたクロノメーター FB 2RE。

 そして新作のもうひとつの大きな特徴が、オーナーの好みに応じてパーソナライズができるという点だ。ケース素材や文字盤カラーはもちろん、ケースデザインなどもパーソナライズが可能。とはいえ、すべてがオーナーの好みに応じてオーダーできるわけではない。あらかじめ用意されたいくつかのオプションから選択して自分好みの1本に仕立ていく、いわゆるコンフィギュレーター形式(オンライン)を取っており、200パターンを超えるパーソナライズが可能だという。選べるオプションは以下のとおりだ。

ケースフォルムは、ラウンドとオクタゴンの2種類
ケース素材は、ステンレススティール、チタン、セラマイズドチタン、18Kホワイト・イエロー・ローズゴールド、プラチナ(オクタゴンケースの場合は選択不可)の7種
ダイヤルカラーは、ブルー、シャンパン、アンスラサイトの3色
ダイヤル仕上げは、バーティカルサテン、サンドブラストの2種
 なお、インナーベゼルのカラーも3色から選べるが、これは上記でどんな組み合わせを選択しているかによって視認性を考慮する必要があることから、基本的には3色のうち1色をブランドが提案する形になる。また取材時にはコンフィギュレーターに設定がなかったものの、針の色、ストラップ素材やカラー、そしてバックル(ピンバックルかフォールディングクラスプ)も選べるようになるという。

 最終的には200を超えるスタイルが可能となる新作だが、クロノメーター FB RESのムーブメント限定数は38個。この数を作り切ったら今後2度と同じものが作られることはなく、ほぼオーダメイドに近いオンリーワンのモデルを手にすることができるようだ。

 5月某日。筆者は幸運にも、日本での顧客向けイベントのために来日を果たしたゼネラルマネージャーのヴァンサン・ラペール(Vincent Lapaire)氏にインタビューをする機会を得て、新作のクロノメーター FB RESの製作秘話、そしてクロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥーにおける時計づくりの現況について話を聞くことができた。

納品は3年以上先の可能性も。想定以上の評判を呼んだ新作、クロノメーター FB RES

ヴァンサン・ラペール(Vincent Lapaire)氏

1964年、スイス・チューリッヒ生まれ。2003年から2010年までユニバーサル・ジュネーブのCEOを務めたのち、2011年にショパールの開発責任者に着任。クロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥーの立ち上げに伴い、ブランドのゼネラルマネージャーに就任し現在に至る。

佐藤杏輔(以降、佐藤)
新作は2020年に発表されたクロノメーターFB 2REの後継モデルということですが、なぜ今回はオープンワークスタイルにしたのでしょうか?

ヴァンサン・ラペール氏(以降、ラペール)
 2020年のモデルはエナメルダイヤルでしたから、文字盤側からは中が見えませんでした。今回はモダンな要素を取り入れたかったためオープンワークスタイルとしました。シースルバックなので、(ムーブメントの)ひとつひとつのパーツもとても見やすくなっています。特にブリッジの仕上げですね。すべて(ポリッシュ部分は)ブラックポリッシュ仕上げにしていて、シースルーバック越しにも非常にきれいに見えるような設計にしています。

 それとパワーリザーブインジケーターです。オリジナル(2020年モデル)はケースバック側にあったのですが、今回は文字盤側にレイアウトしました。 それともうひとつの特徴なのですが、きれいに仕上げをしたブラックポリッシュのパーツ(文字盤側から見える歯車を支える3つのブリッジなど)がインナーリング部分が当たらないようにしているんですね。 そのためインナーリング自体が宙に浮いているかのような設計になっていて、インナーリングは柱で(裏側から)固定しました。

 それだけはありません。オリジナルのセンターセコンド秒針の素材はチタンだったのですが、今回はブロンズ素材の針になっているのです。 変更した理由は、仕上げをより一層キレイに見せたかったためで、ミラーポリッシュにしています。 ブロンズの針は非常に長いですが、センターにある袴(はかま)はゴールドで、実はそのゴールドの袴(はかま)もポリッシュ仕上げです。

 それ以外にも細かいパーツでいうとブリッジの形状も変わりましたし、基本的にベースの設計は変わっていないのですが、オープンワーク化にあたって見た目の美しさを重視してオリジナルと比較する4割ほどのパーツをアップデートしました。口で説明すると簡単に聞こえるかもしれませんが、実はこれがとても大変なことのなのです。

クロノメーター FB RES オクタゴナルケース

Ref.FB 1RES.4。写真のサンプルはセラマイズドチタンケースで、ピンバックル仕様は3706万3000円、フォールディングクラスプ仕様は3845万4000円(ともに税込)

佐藤
具体的には、どんなところが大変だったのでしょうか?

ラペール
 この時計には1秒ルモントワール・デガリテ機構を組み込んでいるのですが、この機構は調整するのにおよそ1カ月半かかります。調整だけで1カ月半です。そのくらいかけて調整しなければ、COSCのクロノメーター認定を得ることができないのです。調整だけでも時間がかかるため、年間でこの機構を組み込んだムーブメントは作れても8個から10個ほどで、それ以上はできません。

 加えて、この新作の特徴としてフォーカスしたのは見た目の美しさです。時計の最も重要な機構はやはり1秒ルモントワール・デガリテ機構で、それを隠さずオープンワークにするために、ひとつひとつのパーツの仕上げを強調しているのですが、仕上げだけで300時間はかかります。 これは組み立てではなく、あくまでもムーブントひとつに対するパーツの仕上げです。これはオリジナルでも240時間ぐらいはかかります。

 時計には1000個以上のパーツが使われていますが、1個1個の部品、つまりブリッジだけでなく歯車などにもすべて面取り仕上げを施しています。この面取り仕上げも全部手作業で行っているのです。面取り仕上げを施す部分を単純に繋げると、どのくらいの長さになると思いますか? 直線にすると約2m。ケースバック側はもちろん、ダイヤル部分も含めて構成部品に施される面取り仕上げを合わせると計2mにもなります。

佐藤
このモデルはムーブメントが38個限定ですが、ブランドではこの新作に限らず38個限定とすることが多いですね。これには何か理由があるのでしょうか?

ラペール
 フェルディナント・ベルトゥーが正式にフランス王室および海軍付きの時計師の座についたのが1753年です。マスターウォッチメーカーの称号を得た彼は生涯をかけて研究と開発、そして製作に力を注ぐわけですが、1763年から『Essai sur L’horlogerie(時計製造技術論)』という本を出版しています。そしてこの最終の研究発表に関する著書の出版が完了するまでの期間が38年。つまり彼が最も活躍したのが38年ということから38個限定とすることが多いですね。

 この本はすべて原書をミュージアムで私たちが保管していまして、原書のなかにはコメントが残っていたり手書きのもあります。時計を開発する時には、そういった貴重なアーカイブがたくさん私たちの手元にありますので、例えば手書きのスケッチや設計図などを見て、構造はどうなっているか、あるいはどんな仕上げふさわしいかといったヒントをそこから得ているのです。

佐藤
以前からケースフォルムなどを選んで注文することができました(※)が、新作でパーソナライズ性をよりフォーカスしたのはなぜですか?

※2021年のレギュレーター・スケルトン FB RS以降、すべてのコレクションでムーブメントの製造数を限定し、ケースフォルムや素材などをユーザーが選択できるようになっていた。

ラペール
 おっしゃるとおり、実は以前からケースフォルムや素材、文字盤カラーなどをいくつか選択できました。昨年のモデルについてはラウンドケースのみでしたが、ケース素材を選択することができました。ケースの金属カラーとムーブメントの色を合わせていて、ホワイトゴールドであればロジウムメッキ、イエローゴールドであればイエローとしています。

 昨年のモデルも今年の新作も限定38個でしたが、ブランドとしてはこれまでのものもムーブメント数を限定していてそれ以上は生産しない、再生産もしないと言っています。ありがたいことに、ほとんどみんな売れてしまっていて、昨年発表したモデルも残りわずか、実は4月に発表した新作もわずかしかない状況です。売れてしまったら、それはディスコンとしてもう作りません。同じものはないんですね。ただ、そうすると買いたくても買えないという状況も出てきてしまうため、既存のベーシックモデルを作りましょうということになりました。

 ベルトゥーは全部で3つのコレクションで構成されています。ひとつはフュゼ・チェーン式伝達機構を備えるトゥールビヨンムーブメントを搭載したクロノメーター FB 1です。ただしこれは昨年のクロノメーター FB 2Tをファイナルエディションとしています。それからフュゼ・チェーン式伝達機構と1秒ルモントワール・デガリテ機構を併せ持ったクロノメーターFB 2RE、そしてシリンダー型ヒゲゼンマイを採用するクロノメーター FB 3です。このシリンダー型ヒゲゼンマイを搭載したムーブメントを持つモデルをコアコレクションとして、今後は既存のモデルをベースとしてバリエーションを出していきます。今後は例えばダイヤルカラーを変えたり、ケースカラーを変えて品番違い、デザイン違いという形で出して紹介していく予定です。毎年のように新しいものは出せませんから、おそらく2年に1モデルずつ、このムーブメントを搭載した新しい品番のものを発表することになると思います。

 パーソナライズするためには在庫を抱えなくていけないというリスクがある。今回のようなコンフィギュレーター形式では、オーナーの要望どおりのものを作るためにはオプションをある程度ストックしておかなければならないし、ないものは当然作らなければならない。ラペール氏の回答は質問の意図とは異なるものだったが、要するに在庫リスクがあったとしても、より細かなパーソナライズに対応できるほどブランドの売れ行きは好調ということのようだ。

 事実、今回のインタビューのなかでラペール氏はWatches & Wonders 2024で発表した新作について4月の時点で50件以上の問い合わせがあり、想定を上回る注文が入っている状況を明かしてくれた。聞けば、4月の段階で早々に注文が確定したオーナーへは問題なく製作が進めば年内の納品を見通しているが、それ以降で注文が確定した分は製作を進めても納品完了は2027年いっぱいかかると言い、 今からオーダー入れたとしてもその分の納品は2028年になるとのことだった。もちろんこれは今すぐに注文が確定した場合で、時間が経てば経つほど納品は遅くなるようだ。

 インタビューは基本的には新作の話がメインであったが、さらにブランドの成り立ち、生産の舞台裏についても聞くことができた。

オメガがオリンピックの計時と計測において重要な役割を果たす様子を見ている。

昨日ひっそりと発表された新シーマスター アクアテラ 150M ウルトラライト(ふたつあるプロトタイプのうちのひとつ)を腕に巻いたオメガの従業員を見かけた。その社員にほかに新しい製品があるか尋ねたところ、笑いで返された。どうやらその笑みはオリンピックのもうひとつのサプライズ発表を示唆していたようだ。ギアパトロール(Gear Patrol)が最初に気づいたのだが、オメガのアンバサダーであるダニエル・クレイグ(Daniel Craig)氏がまたしても未発表の時計をつけていたようだ。今回はノンデイトのブラックシーマスター 300Mである可能性が高い。

オメガがパリオリンピックの“オメガハウス(特別なイベントスペース)”でのクレイグ氏の写真を送ってきたときに、もっと注意深く見なかったのは完全に私の責任だ。私はこれらのセレブリティのプレスリリースをあまり気にしない傾向がある。加えて、彼が再び(未発表の)時計をちらつかせる可能性がどれほどあっただろうか? CIAの資金でテロリストのヘッジファンド・マネージャーにポーカーで勝つくらいの確率だ。低いが、ゼロではない。それでは、以下がその詳細である。

ちょっと待って、それは何だ?

“拡大すると…”

最初に時計を見たとき、60周年記念のシーマスター 300Mと同じメッシュブレスレットが付いていることに気づいた。しかし、ベゼルには“60”と表示されている代わりに、ダイビング用のピップがある。針とインデックスはホワイトだが、ロリポップ秒針ではなく、シーマスター 300Mの伝統的な針が付いているようだ。そして、その時計は明らかにブラックに見える。おまけにバッジを見てみると、ジェームズ・ボンド映画からそのまま盗用したような顔写真が使われていた。

ギアパトロールは、異なる風防やセラミックベゼルの可能性について指摘しており、私もそれに同意する。またこれはいくつかの“ユニットウォッチ”の流れを踏襲しているという指摘も正しいだろう。これらの時計は、アメリカのシークレットサービスからデンマークのフロッグマン中隊(海軍特殊部隊)に至るまで、あらゆる部隊員のためにつくられている。そしてデンマークの元特殊部隊員であるフレデリック10世は、戴冠式の日にもそれを着用していた。

私たちの友人である“ウォッチズ オブ エスピオナージ(Watches of Espionage)”はこれらの時計を追跡調査しているが、特に目を引く“ユニットウォッチ”のひとつは、パリオリンピックを守るフランスの特殊警察部隊向けにつくられたものだろう。この時計がそのユニットウォッチのひとつという可能性はある(私はその可能性は低いとみているが)。ユニットウォッチはよりクリーミーな夜光、完全なマットダイヤル、およびマットセラミックベゼルを特徴としている。多くの人が長いあいだ待ち望んでいる、ロレックス サブマリーナー ノンデイトに対するオメガの解釈であることを期待したい。

伝説のアルビノロレックス GMTマスター Ref.6542 の情報です。

この仕事を始めてから7年以上が経った。主要なオークションやトレードショーに参加し、世界中のコレクターたちとも数多く会ってきたが、最近ではよほどのことがないと心が動かされなくなったといってよいだろう。たとえば今年のバーゼルワールドは、率直に言って自分が純粋に興奮した時計はひとつだけだった。SIHHではひとつもなかった。これはあくまで個人的なレベルで心からワクワクする時計に限ってという話であり、どちらのイベントにもすばらしい新作はたくさんあった。そんななか、今日は日本から来た友人のおかげでとびきり興奮する1本を紹介できる。このモデルはかつて眉をひそめられたものの、個人的にぜひ手に入れたいと思っていた時計だ。それはロレックス GMTマスターの初代Ref.6542ながら伝説のベークライトベゼルを備えたモデルで、そのなかでも特に希少なホワイトダイヤルの個体である。そう、アルビノGMTと呼ばれる神話的な時計との対面だ。

まず最初に言っておきたいのは、すべての偉大なヴィンテージロレックスにおいて、価値の本質は発見だけでなく真贋の確認にもあるということだ。自分では究極のヴィンテージロレックススポーツウォッチを発見したと思っても、世界の権威者たちがその時計を本物と認めない限り、それはただの時計に過ぎない。そうした厳しい現実を身をもって学んだ人々を何人か知っている。

2015年の現時点で、ほとんどの人がホワイトダイヤルのRef.6542 GMTが存在すると信じていると言っても過言ではない。結局のところ、アルビノエクスプローラーやアルビノデイトナが実在していたことは分かっている。エクスプローラーは売りに出されたとき18万ドル(当時の相場で約1760万円)を突破し、デイトナはオークション史上最も高額なロレックスとなった。ただ正直言って、どちらが欲しいかと問われたら私はRef.6610を選ぶ。

では“アルビノ6542”とは何か。それはただシンプルに、ホワイトダイヤルを備えた初期のGMTである。それだけ聞くとあまり大したことのようには思えないだろう。ロレックスのホワイトダイヤル? それがどうした、と思うかもしれない。実際、この話の続きがどうであろうと、1950年代のGMTにホワイトダイヤルが付いていても、まったく大したことではないと考える人もいるだろう。それはそれで構わない。ヴィンテージロレックスの細部にこだわる人もいれば、そうでない人もいるからだ。だが私を含めその魅力に引かれる者にとって、この時計はとても特別な存在だ。その理由のひとつは、長年にわたりこのホワイトダイヤルのGMTが本当に存在するのかどうかが不明だったことにある。ホワイトダイヤルを持つ6542が存在するという話はあったものの、オンラインコミュニティ上では信ぴょう性のある個体が1度も目にされていなかった。コレクターでありディーラーでもあるヴィンテージロレックス愛好家、ステファノ・マッツァリオール(Stefano Mazzariol)氏が2010年2月に自身のブログでこの時計について記事を発表するまでは。

ステファノ氏は自身の判断で疑いなくオリジナルだと確信できる時計に出合った。彼はダイヤルを取り外してプリントの細部を丁寧に検証し、オリジナルのブラックダイヤルモデルと比較した。その結果この時計が本物であるという結論に至った。そして彼は自身のブログに記事を投稿し、さらにヴィンテージロレックスフォーラムにその内容を公開した。その際彼の調査は、ヴィンテージロレックスコミュニティ特有の強い懐疑の目にさらされることになった。

それでも5年が経った今、ステファノ氏の投稿はホワイトダイヤルGMTに関する聖典となっている。そして今回紹介するこの時計は、彼の時計と見事に一致している。

この時計を初めて見たのは、長年日本で活動しているディーラー、イーストクラウン(East Crown)のInstagramだった。最初は私も疑っていたが、友人のルイ(Bring A Loupeを執筆している)がディーラーの息子であるKと話をしたところ、写真をもとにその時計が完璧に見えると言ったことで少し安心した。そして最終確認としてアンドリュー・シアー(Andrew Shear)氏にも話を聞いたところ、彼もこの時計は100%正しいと認めていた。

この時点で、私は完全に興味を引かれていたと言ってよいだろう。なにしろアルビノGMTは今やヴィンテージロレックスマニアたちのあいだで語られる伝説的な存在であり、私は1度も実物を見たことがなかったから。そこで、次にイーストクラウンのKがニューヨークに来た際、オフィスにその時計を持ってきてもらうよう頼んだ。彼は快く応じ、こうしてみなさんにこの写真を見せることができたというわけだ。この時計は本当に素晴らしかった。自分の大好きな時計、6542 GMTにちょっとしたひねりが加わるだけで、まったく新しい印象を与えている。とくにいつも見慣れている光沢のあるブラックダイヤルとは違い、どこかカジュアルな雰囲気を感じさせるのだ。

この6542のケースとベゼルについては、それぞれが独立したストーリーを語れるほど、どちらもこの年代の時計としては驚くほど良好な状態を保っている。正直なところ、この個体は最初からこのダイヤルを備えていたのか、それともあとからこの素晴らしいケースとベゼルに特別な文字盤が組み込まれたのかは定かではない。実際希少なダイヤルが状態のいいケースに交換されることがあるのは事実だが、それでもこの時計の魅力が損なわれることはない。そしてみなさんが気になっているであろう質問に答えると、裏蓋には“PAN-AM(パンナム)”のロゴは刻まれていない。

私はKに、彼の父親がこの時計をどうやって手に入れたのか、そしてそれが販売される可能性があるのかを尋ねた。話によると、この時計はニューヨークから持ち込まれ、彼の父親が著名なプライベート・コレクションに入れていたという。ただしこのコレクションの所有者が、この希少なアルビノGMTを手放すと決めた場合は、必ずそれを彼に売った人物に戻すという条件付きだった。そして何年もの時が経ち、そのコレクションの所有者は約束を守り、このアルビノGMTは現在、イーストクラウンの親子のプライベートコレクションに収められている。では、彼らはこれを売るのか? その答えは控えめなノーで、少なくともお金だけでは手放さないという暗示だった。これほど特別なものを手にしているなら、お金は簡単に手に入る。ヴィンテージロレックス愛好家である私やイーストクラウンのふたりにとって、このコンディションのアルビノGMTはこれ以上ないほど特別な存在なのだ。

パテック フィリップから25年ぶりに発表された新コレクション。

これはオープンレター(公開状)ではない(そうすることもできるのだけど)、というのも私はパテック フィリップが大好きだからだ。本当に心からそう思っている。ほかの高級時計ブランドと比較するとき、私の目にはパテック フィリップが基準になるのだ。それは同ブランドがコレクターの求めるものを的確に提供しつつ、長年にわたって革新を続けてきたからである。自動巻き、永久カレンダー、クロノグラフ、リピーターなど、現代の複雑機構のほとんどは、パテック フィリップが重要な役割を果たしてきた歴史を持っている。そして現在のパテックの時計のなかには本当に素晴らしいものがある。実際、私は結婚式でもパテック フィリップの時計をつけていた。それが、私が考えるパテックというブランドの魅力なのだ。

 とはいえ、これはラブレターでもない。どのブランドも完璧ではなく、最近のパテックのいくつかの選択は、私が期待していたものや望んでいたものとは異なる部分もある。さぁ、ここから本題に入ろう。私は新コレクションを実際に見てきたばかりで、ティエリー・スターン氏とも直接この発表について話してきたので、久々にペンをとることにした。昔のように。

The Patek Philippe Cubitus Collection
 本日、2013年にパテック フィリップ グランド エキシビションが開催された地であるミュンヘンで、世界で最も重要な高級時計メーカーが25年ぶりに新コレクションを発表した。この物語は長くなる。話すべきことがたくさんあるからだ。少しお付き合い願いたい。コメント欄で「気に入らない」や「どうせ手に入らないから興味ない」といった意見を書く前に、ぜひ最後まで読んでいただければ幸いだ。

要点だけ:キュビタスコレクションのご紹介
 これが押さえておくべきポイントだ。キュビタスコレクションは3つのモデルで構成されており、うちふたつは時刻と日付表示のみ、ひとつは新しい複雑なビッグデイト機構を搭載している。分析や細かい解説に入る前に、まず事実を確認しよう。

Ref. 5821/1A – ステンレススティール製、グリーンダイヤル、時刻&日付表示

The Patek Philippe Cubitus Collection
Ref.5821Aの“A”はフランス語で鋼鉄を意味するacier、つまり英語でいうスティールを表している。

 まず、最も需要が高くなるであろうモデルから始めよう。Ref.5821Aだ。ここでの“A”はフランス語で鋼鉄を意味するacier、つまり英語でスティールを指す。ブレスレットはノーチラスそのままで、5811Gに採用されたマイクロアジャスタブルクラスプを備えている。また、新しいスクエアケースはノーチラスと同様の仕上げが施されている。具体的にはベゼルの平面部分、ケースの上部、ブレスレットのサイドリンクは縦方向にサテンブラッシュ仕上げ、ベゼルの面取り部分、ケースミドルの側面、ブレスレット中央のリンクはポリッシュ仕上げである。これによって、上から見ると控えめで落ち着いた印象であるのに対して、側面からは光と反射が遊ぶような視覚的効果が生まれる

 ケースの直径は45mm(ただし、このケースはラウンドではなくスクエアのため、従来のサイズ感はあてはまらない)で、厚さはわずか8.3mmだ! これはノーチラス 5811G(8.2mm)とほぼ同じ厚さであり、コレクション内で唯一残っているメンズスティールモデルのノーチラス 5712A(8.52mm)よりも薄い。

The Patek Philippe Cubitus Collection
 文字盤はオリーブグリーンで、横方向にエンボス加工されたリブ模様とサンバースト仕上げが施されている。時刻マーカーはホワイトゴールド(WG)製のバトン型。針も同じくWG製で、白い蓄光コーティングがされている。3時位置には日付表示窓があり、これもWG製である。このデザインは2021年4月に発表された伝説的なSS製ノーチラスの最終リファレンスである5711/1A-014(グリーンダイヤル)の限定モデルへのオマージュなのだ。

 キュビタス 5821Aには、Cal.26-330 S Cが搭載されている。このキャリバーは、2019年にノーチラスコレクションで初めて導入された26-330をベースにした新しいキャリバーで、現在は5811Gにのみ搭載されている。ただし、この新しいバージョンには少しおもしろい機能がある。それはストップセコンド機能だ。これはリューズを引くと秒針が停止するという機能で、時間を秒単位で正確に設定できるようになる。ヴィンテージ用語では、これをハックセコンドと呼び、時計に詳しい愛好家にはたまらないディテールだ。個人的にはこの機能が私のような、こういった細かい点にこだわる人たちへのちょっとしたイースターエッグだと感じている。

The Patek Philippe Cubitus Collection
 このキャリバーは212の部品で構成されており、そのひとつにはキュビタス専用の水平方向の装飾が施された22Kゴールド製ローターが備えられている。ムーブメントは4Hz、つまり2万8800振動/時で、パワーリザーブは最大45時間だ。

 また、噂されていたように交換可能なブレスレットではなく、一体型ブレスレットであることが重要なポイントだ。防水性能は30m。5821Aの価格は653万円(税込)で、販売は10月18日(金)から開始される。

Ref.5821/1AR – ステンレススティール&ローズゴールド、ブルーダイヤル、時刻&日付表示

The Patek Philippe Cubitus Collection
 キュビタスコレクションのふたつ目のモデルであるRef.5821/1ARは、先ほどのモデルと同じデザインだが、こちらはSSとローズゴールド(RG)のツートーンケースとブレスレットが特徴である。このモデルでは、ベゼル、リューズ、ブレスレットのセンターリンクがソリッドゴールドで、ダイヤルは深みのあるブルーとなっている。

Patek Cubitus
 価格は970万円(税込)で、 SSモデルと同様に10月18日(金)から正規販売店で購入可能だ。

Ref. 5822P – プラチナ製、ブルーダイヤル、瞬時送り式大型日付表示、曜日、ムーンフェイズ表示

 これこそ、みんなが話題にするモデルだ。実際、すでに多くの人がその存在を話題にしているが、まだ詳細を知らない方も多い。このモデルはパテック フィリップにとって完全に新しい複雑機構を備えており、12時位置にグランドデイト、さらに日付、曜日、ムーンフェイズを表示する。伝説的なCal.240(3940などに使用されている)をベースにしており、ノーチラス Ref.5712に最も近い構成である。7時位置にオフセンターのムーンフェイズと曜日表示があり、5時位置にスモールセコンドが配置されている。上部には5712のようなパワーリザーブインジケーターはないが、ここからがさらにおもしろくなる部分だ。

patek cubitus
 パテックにとって新しいタイプの表示機構となる瞬時送り式大型日付表示が搭載されている。この新しいムーブメント Cal.240 PS CI J LUは、なんと6つもの特許を取得しており、その大部分はグランドデイトのエネルギー管理に関連している。時計業界、特にスイス製を含めたすべてのブランドにおいて、この技術的偉業は過小評価されがちだ。

 これらの特許により、秒針がわずか18mm秒、つまりほぼ瞬時に飛び変わるジャンピングセコンドが実現されている。ふたつの数字はそれぞれ異なるディスクに表示されているが、同じ平面上にあり、ダイヤルのホワイトゴールド製の開口部内に完璧に揃うように大変な努力が注がれた。興味がある人のために特許を挙げると、接線ブレーキ、二重機能スプリング、二重機能スプリング機構、柔軟なプレート、柔軟なコネクタ、新しい種類のポジショニングシステムが含まれる。この新しいムーブメントの多くは、より複雑な永久カレンダーメカニズムであるRef.5236のインライン永久カレンダーに基づいて考案されたものだ。このカレンダーは単純なカレンダー機構ではあるが、それでも非常に複雑であり、353個の部品から構成され、年に5回の調整が必要となる。

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 Ref.5822Pの文字盤はブルーであり、Pはプラチナを意味する。ケース径は45mmのままで、厚さは9.6mmとなり、5712より約1mm厚くなったが、それでも比較的薄い。ジャンピングデイト機構のためにこの追加のスペースが必要なのは間違いない。新しいムーブメントの機能は、1日のどの時間でも調整が可能で(これは珍しい)、真夜中になると日付、曜日、ムーンフェイズが一斉に進む“カチッ”という満足感のあるクリック音が鳴る。

 この最も複雑なキュビタスは、ブレスレットではなく、ブルーのコンポジットストラップが装着されており、ファブリックパターンとクリーム色のコントラストステッチが施されている。これはおそらく、① 45mmのプラチナケースにプラチナ製のブレスレットを合わせると、日常的な使用にはあまりにも重すぎるからであり、② 市場の価格感覚に合わせるためでもあるだろう。そしてパテック愛好家にとって最もディープなポイントかもしれないが、このプラチナケースには初めてバゲットカットのダイヤモンドがベゼルに埋め込まれている。以前のプラチナ製パテックでは確かにダイヤモンドがケースやベゼルに埋め込まれていたが、バゲットカットではなかった。ティエリー、ちゃんと気づいているよ。

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 この時計は時刻・日付モデルとはまったく異なるキャリバーに基づいており、裏側には22Kゴールド製のマイクロローターが搭載されている。こちらもキュビタスコレクションのダイヤルモチーフへのオマージュとして水平仕上げが施されている。5822Pの価格は1399万円(税込)で、ほかのモデルと同様、10月18日(金)から販売される。ちなみに重さは95グラムだ。

 さて、事実はすべて揃ったので、少し振り返りながら、どうしてここに至ったのかを考えてみよう。3つの時計すべてが、ふたつのヒンジと4つのネジだけで密閉されるツーピース構造のケースを採用している。この設計はシンプルながらも高度な技術によって実現されており、デザインと機能性の両方において一貫性がある。

スティールにまつわるいくつもの物語、日々展開するサーガ、そして“スティール”がかつてと同じ意味を持たない理由
 キュビタスの詳細に入る前に、今のパテック フィリップの小売業者がどのような状況にあるのかを少し考えてみよう。ある意味では簡単だ。時計はほとんどの場合、自身で売ることができる。しかし一方で、毎日のように存在しないものを求められ、それが顧客や見込み客の間に大きな不満を引き起こしている。先週の「ハウス・オブ・クラフト」イベントでサイモン・ブレットと話した際、彼は聴衆に対して、彼のウェブサイトやメール、Instagram経由で1日に30件ほどクロノメーター アルティザンの割り当てを求めるリクエストがあると話していた。彼が年間で製作するのはわずか12本だ。誰にその12本が渡るのかをどう選ぶかと尋ねられた際、彼は「複数回の対面での打ち合わせ(理想的には)とお話することだ」と答え、彼の12本のクロノメーター アルティザンが適切なオーナーの元に行くことを自ら個人的に管理していると語った。

 この状況が、世界中のすべてのパテック フィリップの小売業者で同時に起こっていると想像してみて欲しい。パテック フィリップのスポーツウォッチ(広義には、スティールやゴールドのノーチラスやアクアノートのメンズモデル)の需要は驚異的だ。確かに二次市場での価格はピーク時より下がっているが、それが小売店での需要に影響を与えることはまったくない。たとえば、Ref.5167A、SS製の時刻・日付表示アクアノートの小売価格はおよそ392万円だが、二次市場ではその価格の2倍が平均的な販売価格となっている。そして多くの人々にとって最も重要なのは、投資価値が倍増することではなく、このような時計を所有することで得られる“ストリート・クレディビリティ(社会的信頼)”だ。この時計を持っていることは、“パテック フィリップの時計を理解している”、“裕福である”、さらには“誰もが欲しがる時計を手に入れられるだけのコネクションを持っている”というメッセージを発信することになるのだ。アクアノートやノーチラスはパテック フィリップの小売店で圧倒的に最もリクエストされる時計であり、それが実際に業務上の課題となっているほどだ。

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 正規販売店に話を聞いたところ、ある大手沿岸の小売業者は、週に平均50~100件ほどスポーツウォッチの問い合わせがあり、その多くは通りがかりの人や、その販売店との取引履歴がない人々からだと言っていた。なかにはフレンドリーで軽い感じのリクエストもあるが、そうでないものも多い。ある販売業者は暴徒化したり、割り当ての約束を得るまでは帰らないと主張する顧客に対して、週に最低でも2回は警備を呼ばなければならないと語っていた。

 いくつかの大手販売店に、たとえばメンズのアクアノートが1年にどれだけ割り当てられているかを尋ねたところ、5~10本程度という回答や、最大でも20本という返答があった。繰り返すが、これは1年間での数だ。つまりここに問題があることが分かるだろう。小売市場での供給がほとんどないにもかかわらず、需要は圧倒的に大きいのだ。

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 2019年、まだCOVID前の状況で、ジョー・トンプソンがパテック フィリップのスティールに対するティエリー・スターン氏の頑固さについて書いた記事がある。その記事のなかで、スターン氏がノーチラス、特にSS製モデルをブランドの顔にしないことに固執していると報じていた。トンプソンは、スターン氏の方針として「スティール製時計の生産を全体の25%から30%に制限すること」と述べており、スターン氏自身も「パテック フィリップが毎年生産すべきスティール時計の最大数はこれだと言い、それを守り続ける」と発言している。

 もし誰かが、パテック フィリップが製作する時計のうち3本に1本がSS製だと言ったら、少し違和感があるだろう。コレクターにとっては、少なくとも私にとっては10本に1本がSSという感覚だ。しかしこれはパテックのTwenty-4コレクションが主にSSで構成されており、コレクターのあいだではあまり話題にならないことが影響しているのだろう。

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 スターン氏はこの方針を行動に移した。

 それから2年も経たずに、5711Aは廃盤となった。完全に廃盤となり、SS製の時刻表示のみのノーチラスは、それから3年以上経っても復活していない。時刻・日付表示のノーチラスがコレクションに戻ったとき、それは5811G、つまりWG製として登場した。そしてそれは私の完全にインフォーマルで科学的根拠のない推測だが、5711A(グリーンやティファニーブルーの特別モデルを除く)よりもはるかに希少で、入手困難である。時刻表示のみのノーチラスは、もはや存在しないに等しい。残っている数少ないSS製ノーチラスのリファレンス(5712、5726、5990)は、コレクションの世界が変わってしまった今となっては、ほとんど見かけることのない遺物と言っても過言ではない。前述の5167A(SS製の時刻・日付表示アクアノート)はまだカタログに残っているが、同様の時計が貴金属で展開されることも増え、たとえば5168G(WG製で、やや大きいアクアノート)がその一例だ。また、SS製のトラベルタイム アクアノート(Ref.5164A)が廃盤となった際、その後継として WG製のモデルが登場した。このことから、 SS製アクアノートがカタログに残る時間も限られているのではないかと考えざるを得ない。そして今日発表されたキュビタス 5822の登場により、その時はもうすぐなのではないかと私は推測する。

現在のアクアノートコレクション全体で20モデルが存在しているが、そのなかでSS製のメンズモデルはわずかにふたつしかない。ウィメンズモデルを含めても合計5つだ。

 ご覧のとおり、パテック フィリップはSS製モデルだけでなく、ノーチラスやアクアノートコレクションからも徐々に距離を置こうとする取り組みを長期的かつ意図的に進めている。しかし、彼らはエントリーレベルの時計の必要性を認識している。2017年に行われたメイヤーとスターン氏のインタビューに戻り、ここからの抜粋を紹介しよう。

 ジョン・メイヤー: 32歳でパテック フィリップが大好きで、まだ所有していないが、いつかは手に入れたいと考えている人のことを考えている? “エントリーレベル”という考え方は、あなたにとって重要だろうか?

私が最初に手にした時計はシンプルなもので、始めたばかりの人たちは5万ドルや10万ドルの時計を手に入れられるわけではないだろう。それはビジネスの観点から見れば、論理的ではないかもしれない。なぜなら10万ドルの時計を少数売るほうが、2万ドルの時計を売るよりも簡単だからだ。しかし、私はその点はまったく気にしていない。

– ティエリー・スターン、HODINKEEマガジンVol.1(2017)
自分自身の伝統を始める。おおよそ25年に1度
 パテック フィリップにとって、カジュアルでよりインフォーマルな時計、いわゆるエントリーレベルと解釈される時計のアイデアは決して新しいものではない。しかし今回のキュビタスの発表のように、その点を強調することはこれまであまり多くなかった。公式には今回のキュビタスは1999年のウィメンズモデルTwenty-4以来初の新しいラインとなるが、より重要なのは、その2年前に登場したアクアノートだ。アクアノートはノーチラスの直接的な後継であり、キュビタスと同様にノーチラスの系譜を受け継ぐモデルとして注目すべき存在だ。

“自分自身の伝統を始める”というフレーズは、1997年に初代アクアノートのマーケティングに使用されたキャッチコピーだ。

Image: courtesy of Ad Patina

 まず重要なのは、初代アクアノート(Ref.5060Aおよび5060J)が当初は“アクアノート”と呼ばれていなかったという点だ。実際にはノーチラスコレクションの一部として位置づけられていた。1997年に登場した5065Aも同様に、ノーチラスコレクションの一部だった(5060Aについてのジェームスの記事も参照)。当時の広告でもそれが確認できる。発売当初の価格は約8000ドルで、ラバーストラップが付属していた。ジョン・リアドン氏によると、この時計は初めから大ヒットとなった。

 「アクアノート Ref.5060Aが1996年に公開デビューした際、非常に大きな反響を呼んだ」とリアドン氏は語る。「価格は8000ドル未満に設定され、時計業界は初日からこのモデルを愛していた。アクアノートはもともと若く、スポーティな層をターゲットに販売される予定だったが、実際には誰もが欲しがり、適切な販売店とのコネクションを持つコレクターが最初に手に入れることができた。ジェンタの影響を受けたデザインコンセプトはすでに皆になじみ深く、時計はすぐに成功を収めた。特にイタリアの時計収集コミュニティがこの時計を真っ先に受け入れ、それがアクアノートを市場に大きく押し上げた」。