オメガがオリンピックの計時と計測において重要な役割を果たす様子を見ている。

昨日ひっそりと発表された新シーマスター アクアテラ 150M ウルトラライト(ふたつあるプロトタイプのうちのひとつ)を腕に巻いたオメガの従業員を見かけた。その社員にほかに新しい製品があるか尋ねたところ、笑いで返された。どうやらその笑みはオリンピックのもうひとつのサプライズ発表を示唆していたようだ。ギアパトロール(Gear Patrol)が最初に気づいたのだが、オメガのアンバサダーであるダニエル・クレイグ(Daniel Craig)氏がまたしても未発表の時計をつけていたようだ。今回はノンデイトのブラックシーマスター 300Mである可能性が高い。

オメガがパリオリンピックの“オメガハウス(特別なイベントスペース)”でのクレイグ氏の写真を送ってきたときに、もっと注意深く見なかったのは完全に私の責任だ。私はこれらのセレブリティのプレスリリースをあまり気にしない傾向がある。加えて、彼が再び(未発表の)時計をちらつかせる可能性がどれほどあっただろうか? CIAの資金でテロリストのヘッジファンド・マネージャーにポーカーで勝つくらいの確率だ。低いが、ゼロではない。それでは、以下がその詳細である。

ちょっと待って、それは何だ?

“拡大すると…”

最初に時計を見たとき、60周年記念のシーマスター 300Mと同じメッシュブレスレットが付いていることに気づいた。しかし、ベゼルには“60”と表示されている代わりに、ダイビング用のピップがある。針とインデックスはホワイトだが、ロリポップ秒針ではなく、シーマスター 300Mの伝統的な針が付いているようだ。そして、その時計は明らかにブラックに見える。おまけにバッジを見てみると、ジェームズ・ボンド映画からそのまま盗用したような顔写真が使われていた。

ギアパトロールは、異なる風防やセラミックベゼルの可能性について指摘しており、私もそれに同意する。またこれはいくつかの“ユニットウォッチ”の流れを踏襲しているという指摘も正しいだろう。これらの時計は、アメリカのシークレットサービスからデンマークのフロッグマン中隊(海軍特殊部隊)に至るまで、あらゆる部隊員のためにつくられている。そしてデンマークの元特殊部隊員であるフレデリック10世は、戴冠式の日にもそれを着用していた。

私たちの友人である“ウォッチズ オブ エスピオナージ(Watches of Espionage)”はこれらの時計を追跡調査しているが、特に目を引く“ユニットウォッチ”のひとつは、パリオリンピックを守るフランスの特殊警察部隊向けにつくられたものだろう。この時計がそのユニットウォッチのひとつという可能性はある(私はその可能性は低いとみているが)。ユニットウォッチはよりクリーミーな夜光、完全なマットダイヤル、およびマットセラミックベゼルを特徴としている。多くの人が長いあいだ待ち望んでいる、ロレックス サブマリーナー ノンデイトに対するオメガの解釈であることを期待したい。

伝説のアルビノロレックス GMTマスター Ref.6542 の情報です。

この仕事を始めてから7年以上が経った。主要なオークションやトレードショーに参加し、世界中のコレクターたちとも数多く会ってきたが、最近ではよほどのことがないと心が動かされなくなったといってよいだろう。たとえば今年のバーゼルワールドは、率直に言って自分が純粋に興奮した時計はひとつだけだった。SIHHではひとつもなかった。これはあくまで個人的なレベルで心からワクワクする時計に限ってという話であり、どちらのイベントにもすばらしい新作はたくさんあった。そんななか、今日は日本から来た友人のおかげでとびきり興奮する1本を紹介できる。このモデルはかつて眉をひそめられたものの、個人的にぜひ手に入れたいと思っていた時計だ。それはロレックス GMTマスターの初代Ref.6542ながら伝説のベークライトベゼルを備えたモデルで、そのなかでも特に希少なホワイトダイヤルの個体である。そう、アルビノGMTと呼ばれる神話的な時計との対面だ。

まず最初に言っておきたいのは、すべての偉大なヴィンテージロレックスにおいて、価値の本質は発見だけでなく真贋の確認にもあるということだ。自分では究極のヴィンテージロレックススポーツウォッチを発見したと思っても、世界の権威者たちがその時計を本物と認めない限り、それはただの時計に過ぎない。そうした厳しい現実を身をもって学んだ人々を何人か知っている。

2015年の現時点で、ほとんどの人がホワイトダイヤルのRef.6542 GMTが存在すると信じていると言っても過言ではない。結局のところ、アルビノエクスプローラーやアルビノデイトナが実在していたことは分かっている。エクスプローラーは売りに出されたとき18万ドル(当時の相場で約1760万円)を突破し、デイトナはオークション史上最も高額なロレックスとなった。ただ正直言って、どちらが欲しいかと問われたら私はRef.6610を選ぶ。

では“アルビノ6542”とは何か。それはただシンプルに、ホワイトダイヤルを備えた初期のGMTである。それだけ聞くとあまり大したことのようには思えないだろう。ロレックスのホワイトダイヤル? それがどうした、と思うかもしれない。実際、この話の続きがどうであろうと、1950年代のGMTにホワイトダイヤルが付いていても、まったく大したことではないと考える人もいるだろう。それはそれで構わない。ヴィンテージロレックスの細部にこだわる人もいれば、そうでない人もいるからだ。だが私を含めその魅力に引かれる者にとって、この時計はとても特別な存在だ。その理由のひとつは、長年にわたりこのホワイトダイヤルのGMTが本当に存在するのかどうかが不明だったことにある。ホワイトダイヤルを持つ6542が存在するという話はあったものの、オンラインコミュニティ上では信ぴょう性のある個体が1度も目にされていなかった。コレクターでありディーラーでもあるヴィンテージロレックス愛好家、ステファノ・マッツァリオール(Stefano Mazzariol)氏が2010年2月に自身のブログでこの時計について記事を発表するまでは。

ステファノ氏は自身の判断で疑いなくオリジナルだと確信できる時計に出合った。彼はダイヤルを取り外してプリントの細部を丁寧に検証し、オリジナルのブラックダイヤルモデルと比較した。その結果この時計が本物であるという結論に至った。そして彼は自身のブログに記事を投稿し、さらにヴィンテージロレックスフォーラムにその内容を公開した。その際彼の調査は、ヴィンテージロレックスコミュニティ特有の強い懐疑の目にさらされることになった。

それでも5年が経った今、ステファノ氏の投稿はホワイトダイヤルGMTに関する聖典となっている。そして今回紹介するこの時計は、彼の時計と見事に一致している。

この時計を初めて見たのは、長年日本で活動しているディーラー、イーストクラウン(East Crown)のInstagramだった。最初は私も疑っていたが、友人のルイ(Bring A Loupeを執筆している)がディーラーの息子であるKと話をしたところ、写真をもとにその時計が完璧に見えると言ったことで少し安心した。そして最終確認としてアンドリュー・シアー(Andrew Shear)氏にも話を聞いたところ、彼もこの時計は100%正しいと認めていた。

この時点で、私は完全に興味を引かれていたと言ってよいだろう。なにしろアルビノGMTは今やヴィンテージロレックスマニアたちのあいだで語られる伝説的な存在であり、私は1度も実物を見たことがなかったから。そこで、次にイーストクラウンのKがニューヨークに来た際、オフィスにその時計を持ってきてもらうよう頼んだ。彼は快く応じ、こうしてみなさんにこの写真を見せることができたというわけだ。この時計は本当に素晴らしかった。自分の大好きな時計、6542 GMTにちょっとしたひねりが加わるだけで、まったく新しい印象を与えている。とくにいつも見慣れている光沢のあるブラックダイヤルとは違い、どこかカジュアルな雰囲気を感じさせるのだ。

この6542のケースとベゼルについては、それぞれが独立したストーリーを語れるほど、どちらもこの年代の時計としては驚くほど良好な状態を保っている。正直なところ、この個体は最初からこのダイヤルを備えていたのか、それともあとからこの素晴らしいケースとベゼルに特別な文字盤が組み込まれたのかは定かではない。実際希少なダイヤルが状態のいいケースに交換されることがあるのは事実だが、それでもこの時計の魅力が損なわれることはない。そしてみなさんが気になっているであろう質問に答えると、裏蓋には“PAN-AM(パンナム)”のロゴは刻まれていない。

私はKに、彼の父親がこの時計をどうやって手に入れたのか、そしてそれが販売される可能性があるのかを尋ねた。話によると、この時計はニューヨークから持ち込まれ、彼の父親が著名なプライベート・コレクションに入れていたという。ただしこのコレクションの所有者が、この希少なアルビノGMTを手放すと決めた場合は、必ずそれを彼に売った人物に戻すという条件付きだった。そして何年もの時が経ち、そのコレクションの所有者は約束を守り、このアルビノGMTは現在、イーストクラウンの親子のプライベートコレクションに収められている。では、彼らはこれを売るのか? その答えは控えめなノーで、少なくともお金だけでは手放さないという暗示だった。これほど特別なものを手にしているなら、お金は簡単に手に入る。ヴィンテージロレックス愛好家である私やイーストクラウンのふたりにとって、このコンディションのアルビノGMTはこれ以上ないほど特別な存在なのだ。

パテック フィリップから25年ぶりに発表された新コレクション。

これはオープンレター(公開状)ではない(そうすることもできるのだけど)、というのも私はパテック フィリップが大好きだからだ。本当に心からそう思っている。ほかの高級時計ブランドと比較するとき、私の目にはパテック フィリップが基準になるのだ。それは同ブランドがコレクターの求めるものを的確に提供しつつ、長年にわたって革新を続けてきたからである。自動巻き、永久カレンダー、クロノグラフ、リピーターなど、現代の複雑機構のほとんどは、パテック フィリップが重要な役割を果たしてきた歴史を持っている。そして現在のパテックの時計のなかには本当に素晴らしいものがある。実際、私は結婚式でもパテック フィリップの時計をつけていた。それが、私が考えるパテックというブランドの魅力なのだ。

 とはいえ、これはラブレターでもない。どのブランドも完璧ではなく、最近のパテックのいくつかの選択は、私が期待していたものや望んでいたものとは異なる部分もある。さぁ、ここから本題に入ろう。私は新コレクションを実際に見てきたばかりで、ティエリー・スターン氏とも直接この発表について話してきたので、久々にペンをとることにした。昔のように。

The Patek Philippe Cubitus Collection
 本日、2013年にパテック フィリップ グランド エキシビションが開催された地であるミュンヘンで、世界で最も重要な高級時計メーカーが25年ぶりに新コレクションを発表した。この物語は長くなる。話すべきことがたくさんあるからだ。少しお付き合い願いたい。コメント欄で「気に入らない」や「どうせ手に入らないから興味ない」といった意見を書く前に、ぜひ最後まで読んでいただければ幸いだ。

要点だけ:キュビタスコレクションのご紹介
 これが押さえておくべきポイントだ。キュビタスコレクションは3つのモデルで構成されており、うちふたつは時刻と日付表示のみ、ひとつは新しい複雑なビッグデイト機構を搭載している。分析や細かい解説に入る前に、まず事実を確認しよう。

Ref. 5821/1A – ステンレススティール製、グリーンダイヤル、時刻&日付表示

The Patek Philippe Cubitus Collection
Ref.5821Aの“A”はフランス語で鋼鉄を意味するacier、つまり英語でいうスティールを表している。

 まず、最も需要が高くなるであろうモデルから始めよう。Ref.5821Aだ。ここでの“A”はフランス語で鋼鉄を意味するacier、つまり英語でスティールを指す。ブレスレットはノーチラスそのままで、5811Gに採用されたマイクロアジャスタブルクラスプを備えている。また、新しいスクエアケースはノーチラスと同様の仕上げが施されている。具体的にはベゼルの平面部分、ケースの上部、ブレスレットのサイドリンクは縦方向にサテンブラッシュ仕上げ、ベゼルの面取り部分、ケースミドルの側面、ブレスレット中央のリンクはポリッシュ仕上げである。これによって、上から見ると控えめで落ち着いた印象であるのに対して、側面からは光と反射が遊ぶような視覚的効果が生まれる

 ケースの直径は45mm(ただし、このケースはラウンドではなくスクエアのため、従来のサイズ感はあてはまらない)で、厚さはわずか8.3mmだ! これはノーチラス 5811G(8.2mm)とほぼ同じ厚さであり、コレクション内で唯一残っているメンズスティールモデルのノーチラス 5712A(8.52mm)よりも薄い。

The Patek Philippe Cubitus Collection
 文字盤はオリーブグリーンで、横方向にエンボス加工されたリブ模様とサンバースト仕上げが施されている。時刻マーカーはホワイトゴールド(WG)製のバトン型。針も同じくWG製で、白い蓄光コーティングがされている。3時位置には日付表示窓があり、これもWG製である。このデザインは2021年4月に発表された伝説的なSS製ノーチラスの最終リファレンスである5711/1A-014(グリーンダイヤル)の限定モデルへのオマージュなのだ。

 キュビタス 5821Aには、Cal.26-330 S Cが搭載されている。このキャリバーは、2019年にノーチラスコレクションで初めて導入された26-330をベースにした新しいキャリバーで、現在は5811Gにのみ搭載されている。ただし、この新しいバージョンには少しおもしろい機能がある。それはストップセコンド機能だ。これはリューズを引くと秒針が停止するという機能で、時間を秒単位で正確に設定できるようになる。ヴィンテージ用語では、これをハックセコンドと呼び、時計に詳しい愛好家にはたまらないディテールだ。個人的にはこの機能が私のような、こういった細かい点にこだわる人たちへのちょっとしたイースターエッグだと感じている。

The Patek Philippe Cubitus Collection
 このキャリバーは212の部品で構成されており、そのひとつにはキュビタス専用の水平方向の装飾が施された22Kゴールド製ローターが備えられている。ムーブメントは4Hz、つまり2万8800振動/時で、パワーリザーブは最大45時間だ。

 また、噂されていたように交換可能なブレスレットではなく、一体型ブレスレットであることが重要なポイントだ。防水性能は30m。5821Aの価格は653万円(税込)で、販売は10月18日(金)から開始される。

Ref.5821/1AR – ステンレススティール&ローズゴールド、ブルーダイヤル、時刻&日付表示

The Patek Philippe Cubitus Collection
 キュビタスコレクションのふたつ目のモデルであるRef.5821/1ARは、先ほどのモデルと同じデザインだが、こちらはSSとローズゴールド(RG)のツートーンケースとブレスレットが特徴である。このモデルでは、ベゼル、リューズ、ブレスレットのセンターリンクがソリッドゴールドで、ダイヤルは深みのあるブルーとなっている。

Patek Cubitus
 価格は970万円(税込)で、 SSモデルと同様に10月18日(金)から正規販売店で購入可能だ。

Ref. 5822P – プラチナ製、ブルーダイヤル、瞬時送り式大型日付表示、曜日、ムーンフェイズ表示

 これこそ、みんなが話題にするモデルだ。実際、すでに多くの人がその存在を話題にしているが、まだ詳細を知らない方も多い。このモデルはパテック フィリップにとって完全に新しい複雑機構を備えており、12時位置にグランドデイト、さらに日付、曜日、ムーンフェイズを表示する。伝説的なCal.240(3940などに使用されている)をベースにしており、ノーチラス Ref.5712に最も近い構成である。7時位置にオフセンターのムーンフェイズと曜日表示があり、5時位置にスモールセコンドが配置されている。上部には5712のようなパワーリザーブインジケーターはないが、ここからがさらにおもしろくなる部分だ。

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 パテックにとって新しいタイプの表示機構となる瞬時送り式大型日付表示が搭載されている。この新しいムーブメント Cal.240 PS CI J LUは、なんと6つもの特許を取得しており、その大部分はグランドデイトのエネルギー管理に関連している。時計業界、特にスイス製を含めたすべてのブランドにおいて、この技術的偉業は過小評価されがちだ。

 これらの特許により、秒針がわずか18mm秒、つまりほぼ瞬時に飛び変わるジャンピングセコンドが実現されている。ふたつの数字はそれぞれ異なるディスクに表示されているが、同じ平面上にあり、ダイヤルのホワイトゴールド製の開口部内に完璧に揃うように大変な努力が注がれた。興味がある人のために特許を挙げると、接線ブレーキ、二重機能スプリング、二重機能スプリング機構、柔軟なプレート、柔軟なコネクタ、新しい種類のポジショニングシステムが含まれる。この新しいムーブメントの多くは、より複雑な永久カレンダーメカニズムであるRef.5236のインライン永久カレンダーに基づいて考案されたものだ。このカレンダーは単純なカレンダー機構ではあるが、それでも非常に複雑であり、353個の部品から構成され、年に5回の調整が必要となる。

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 Ref.5822Pの文字盤はブルーであり、Pはプラチナを意味する。ケース径は45mmのままで、厚さは9.6mmとなり、5712より約1mm厚くなったが、それでも比較的薄い。ジャンピングデイト機構のためにこの追加のスペースが必要なのは間違いない。新しいムーブメントの機能は、1日のどの時間でも調整が可能で(これは珍しい)、真夜中になると日付、曜日、ムーンフェイズが一斉に進む“カチッ”という満足感のあるクリック音が鳴る。

 この最も複雑なキュビタスは、ブレスレットではなく、ブルーのコンポジットストラップが装着されており、ファブリックパターンとクリーム色のコントラストステッチが施されている。これはおそらく、① 45mmのプラチナケースにプラチナ製のブレスレットを合わせると、日常的な使用にはあまりにも重すぎるからであり、② 市場の価格感覚に合わせるためでもあるだろう。そしてパテック愛好家にとって最もディープなポイントかもしれないが、このプラチナケースには初めてバゲットカットのダイヤモンドがベゼルに埋め込まれている。以前のプラチナ製パテックでは確かにダイヤモンドがケースやベゼルに埋め込まれていたが、バゲットカットではなかった。ティエリー、ちゃんと気づいているよ。

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 この時計は時刻・日付モデルとはまったく異なるキャリバーに基づいており、裏側には22Kゴールド製のマイクロローターが搭載されている。こちらもキュビタスコレクションのダイヤルモチーフへのオマージュとして水平仕上げが施されている。5822Pの価格は1399万円(税込)で、ほかのモデルと同様、10月18日(金)から販売される。ちなみに重さは95グラムだ。

 さて、事実はすべて揃ったので、少し振り返りながら、どうしてここに至ったのかを考えてみよう。3つの時計すべてが、ふたつのヒンジと4つのネジだけで密閉されるツーピース構造のケースを採用している。この設計はシンプルながらも高度な技術によって実現されており、デザインと機能性の両方において一貫性がある。

スティールにまつわるいくつもの物語、日々展開するサーガ、そして“スティール”がかつてと同じ意味を持たない理由
 キュビタスの詳細に入る前に、今のパテック フィリップの小売業者がどのような状況にあるのかを少し考えてみよう。ある意味では簡単だ。時計はほとんどの場合、自身で売ることができる。しかし一方で、毎日のように存在しないものを求められ、それが顧客や見込み客の間に大きな不満を引き起こしている。先週の「ハウス・オブ・クラフト」イベントでサイモン・ブレットと話した際、彼は聴衆に対して、彼のウェブサイトやメール、Instagram経由で1日に30件ほどクロノメーター アルティザンの割り当てを求めるリクエストがあると話していた。彼が年間で製作するのはわずか12本だ。誰にその12本が渡るのかをどう選ぶかと尋ねられた際、彼は「複数回の対面での打ち合わせ(理想的には)とお話することだ」と答え、彼の12本のクロノメーター アルティザンが適切なオーナーの元に行くことを自ら個人的に管理していると語った。

 この状況が、世界中のすべてのパテック フィリップの小売業者で同時に起こっていると想像してみて欲しい。パテック フィリップのスポーツウォッチ(広義には、スティールやゴールドのノーチラスやアクアノートのメンズモデル)の需要は驚異的だ。確かに二次市場での価格はピーク時より下がっているが、それが小売店での需要に影響を与えることはまったくない。たとえば、Ref.5167A、SS製の時刻・日付表示アクアノートの小売価格はおよそ392万円だが、二次市場ではその価格の2倍が平均的な販売価格となっている。そして多くの人々にとって最も重要なのは、投資価値が倍増することではなく、このような時計を所有することで得られる“ストリート・クレディビリティ(社会的信頼)”だ。この時計を持っていることは、“パテック フィリップの時計を理解している”、“裕福である”、さらには“誰もが欲しがる時計を手に入れられるだけのコネクションを持っている”というメッセージを発信することになるのだ。アクアノートやノーチラスはパテック フィリップの小売店で圧倒的に最もリクエストされる時計であり、それが実際に業務上の課題となっているほどだ。

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 正規販売店に話を聞いたところ、ある大手沿岸の小売業者は、週に平均50~100件ほどスポーツウォッチの問い合わせがあり、その多くは通りがかりの人や、その販売店との取引履歴がない人々からだと言っていた。なかにはフレンドリーで軽い感じのリクエストもあるが、そうでないものも多い。ある販売業者は暴徒化したり、割り当ての約束を得るまでは帰らないと主張する顧客に対して、週に最低でも2回は警備を呼ばなければならないと語っていた。

 いくつかの大手販売店に、たとえばメンズのアクアノートが1年にどれだけ割り当てられているかを尋ねたところ、5~10本程度という回答や、最大でも20本という返答があった。繰り返すが、これは1年間での数だ。つまりここに問題があることが分かるだろう。小売市場での供給がほとんどないにもかかわらず、需要は圧倒的に大きいのだ。

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 2019年、まだCOVID前の状況で、ジョー・トンプソンがパテック フィリップのスティールに対するティエリー・スターン氏の頑固さについて書いた記事がある。その記事のなかで、スターン氏がノーチラス、特にSS製モデルをブランドの顔にしないことに固執していると報じていた。トンプソンは、スターン氏の方針として「スティール製時計の生産を全体の25%から30%に制限すること」と述べており、スターン氏自身も「パテック フィリップが毎年生産すべきスティール時計の最大数はこれだと言い、それを守り続ける」と発言している。

 もし誰かが、パテック フィリップが製作する時計のうち3本に1本がSS製だと言ったら、少し違和感があるだろう。コレクターにとっては、少なくとも私にとっては10本に1本がSSという感覚だ。しかしこれはパテックのTwenty-4コレクションが主にSSで構成されており、コレクターのあいだではあまり話題にならないことが影響しているのだろう。

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 スターン氏はこの方針を行動に移した。

 それから2年も経たずに、5711Aは廃盤となった。完全に廃盤となり、SS製の時刻表示のみのノーチラスは、それから3年以上経っても復活していない。時刻・日付表示のノーチラスがコレクションに戻ったとき、それは5811G、つまりWG製として登場した。そしてそれは私の完全にインフォーマルで科学的根拠のない推測だが、5711A(グリーンやティファニーブルーの特別モデルを除く)よりもはるかに希少で、入手困難である。時刻表示のみのノーチラスは、もはや存在しないに等しい。残っている数少ないSS製ノーチラスのリファレンス(5712、5726、5990)は、コレクションの世界が変わってしまった今となっては、ほとんど見かけることのない遺物と言っても過言ではない。前述の5167A(SS製の時刻・日付表示アクアノート)はまだカタログに残っているが、同様の時計が貴金属で展開されることも増え、たとえば5168G(WG製で、やや大きいアクアノート)がその一例だ。また、SS製のトラベルタイム アクアノート(Ref.5164A)が廃盤となった際、その後継として WG製のモデルが登場した。このことから、 SS製アクアノートがカタログに残る時間も限られているのではないかと考えざるを得ない。そして今日発表されたキュビタス 5822の登場により、その時はもうすぐなのではないかと私は推測する。

現在のアクアノートコレクション全体で20モデルが存在しているが、そのなかでSS製のメンズモデルはわずかにふたつしかない。ウィメンズモデルを含めても合計5つだ。

 ご覧のとおり、パテック フィリップはSS製モデルだけでなく、ノーチラスやアクアノートコレクションからも徐々に距離を置こうとする取り組みを長期的かつ意図的に進めている。しかし、彼らはエントリーレベルの時計の必要性を認識している。2017年に行われたメイヤーとスターン氏のインタビューに戻り、ここからの抜粋を紹介しよう。

 ジョン・メイヤー: 32歳でパテック フィリップが大好きで、まだ所有していないが、いつかは手に入れたいと考えている人のことを考えている? “エントリーレベル”という考え方は、あなたにとって重要だろうか?

私が最初に手にした時計はシンプルなもので、始めたばかりの人たちは5万ドルや10万ドルの時計を手に入れられるわけではないだろう。それはビジネスの観点から見れば、論理的ではないかもしれない。なぜなら10万ドルの時計を少数売るほうが、2万ドルの時計を売るよりも簡単だからだ。しかし、私はその点はまったく気にしていない。

– ティエリー・スターン、HODINKEEマガジンVol.1(2017)
自分自身の伝統を始める。おおよそ25年に1度
 パテック フィリップにとって、カジュアルでよりインフォーマルな時計、いわゆるエントリーレベルと解釈される時計のアイデアは決して新しいものではない。しかし今回のキュビタスの発表のように、その点を強調することはこれまであまり多くなかった。公式には今回のキュビタスは1999年のウィメンズモデルTwenty-4以来初の新しいラインとなるが、より重要なのは、その2年前に登場したアクアノートだ。アクアノートはノーチラスの直接的な後継であり、キュビタスと同様にノーチラスの系譜を受け継ぐモデルとして注目すべき存在だ。

“自分自身の伝統を始める”というフレーズは、1997年に初代アクアノートのマーケティングに使用されたキャッチコピーだ。

Image: courtesy of Ad Patina

 まず重要なのは、初代アクアノート(Ref.5060Aおよび5060J)が当初は“アクアノート”と呼ばれていなかったという点だ。実際にはノーチラスコレクションの一部として位置づけられていた。1997年に登場した5065Aも同様に、ノーチラスコレクションの一部だった(5060Aについてのジェームスの記事も参照)。当時の広告でもそれが確認できる。発売当初の価格は約8000ドルで、ラバーストラップが付属していた。ジョン・リアドン氏によると、この時計は初めから大ヒットとなった。

 「アクアノート Ref.5060Aが1996年に公開デビューした際、非常に大きな反響を呼んだ」とリアドン氏は語る。「価格は8000ドル未満に設定され、時計業界は初日からこのモデルを愛していた。アクアノートはもともと若く、スポーティな層をターゲットに販売される予定だったが、実際には誰もが欲しがり、適切な販売店とのコネクションを持つコレクターが最初に手に入れることができた。ジェンタの影響を受けたデザインコンセプトはすでに皆になじみ深く、時計はすぐに成功を収めた。特にイタリアの時計収集コミュニティがこの時計を真っ先に受け入れ、それがアクアノートを市場に大きく押し上げた」。

オメガ×スウォッチのコラボレーションから生まれた、

オメガ(Omega)とスウォッチ(Swatch)のコラボレーションによって、2022年3月にスウォッチの時計コレクション“ムーンスウォッチ(MoonSwatch)”が誕生した。この時計が時計業界でも近年まれにみる大ヒットとなった理由は、高級時計ブランドとして知られるオメガの人気モデルであるスピードマスター ムーンウォッチ(以下、スピードマスター)のデザインを、スウォッチらしくクリエイティブにアレンジしたところにある。新開発のバイオセラミック製ケースにベルクロストラップを合わせたムーンスウォッチは、軽量でありながら耐久性と精度に優れ、高級ブランドのテイストを手軽に楽しめるクォーツ式クロノグラフとして世界の人々に腕時計の魅力を再認識させてくれた。

ムーンスウォッチに対する評判
ムーンスウォッチ発売当日の様子
初代ムーンスウォッチの広告戦略は極めて巧みでドラマチックだった。SNSやティザー広告、ニューヨーク・タイムズ紙への全面広告など、1週間ほど前から少しずつ情報を明らかにしていき、発売2日前にはじめて“ムーンスウォッチ”のコレクション名とビジュアルを公開。そして2022年3月26日(土)の発売当日は時計界にとってまさしく歴史的な1日となった。オンラインでは購入できないため、販売告知されたスウォッチストア前には世界中で熱狂的なファンが長蛇の列を作った。ニューヨークのタイムズスクエアには2000人近くが集まり、ロンドンでは安全確保のためイベントが中止された。また渋谷・原宿・心斎橋で販売される予定だった日本でも人が集まりすぎて近隣警察が出動し、3店とも発売延期の事態となった。

ムーンスウォッチ発売時の様子
社会現象ともなったこの世界的な熱狂により、スウォッチの2022年の売り上げは記録的なものとなった。ムーンスウォッチの販売数は100万本を突破し、スウォッチ グループ全体の売上高も前年比で4.6%アップ。スマートウォッチに押されぎみだった近年のスウォッチだが、新作発表のたびに繰り返される大行列は時計界全体にも自信を与え、業界の活性化にも寄与することになった。手ごろな価格と高感度なデザイン、良質なコンセプトと企画次第で、より多くの人々に時計の魅力を伝えられることをムーンスウォッチは証明したのである。

ムーンスウォッチのベースとなった時計、オメガの“ムーンウォッチ”とは
オメガ スピードマスター ムーンウォッチとは
オメガのスピードマスターは、1957年に誕生したクロノグラフ(ストップウォッチ機能付き)ウォッチである。堅牢性と視認性の高さが評価され、過酷な選抜テストを経て1965年にNASA(アメリカ航空宇宙局)の公式装備品に採用された。スピードマスターが“ムーンウォッチ”と呼ばれるようになったのは、何を隠そう1969年のアポロ11号による人類初の月面着陸に同行したことがきっかけだ。1970年には絶体絶命の危機にあったアポロ13号の乗組員たちを救い、その信頼性はさらに高まった。スピードマスターを装着することは、こうした人類史に残る偉業をオーナー自身が共有することと同義なのである。その歴史的背景と技術的な優位性から、時計愛好家が憧れる高級スポーツウォッチのひとつとなっている。

オメガ スピードマスター ムーンウォッチとは
ムーンスウォッチの成功は、スウォッチ グループの稼ぎ頭であるオメガの売上げにもポジティブな影響を与えた。同グループCEOのニック・ハイエック・ジュニア氏によると、ムーンスウォッチ発売後にオメガ ブティックでスピードマスターの売上げが50%増加したと報告されている。

ムーンスウォッチはスピードマスターのデザインコードを手ごろな価格に落とし込んだことで、多くの新規ユーザーを獲得した。この新しい顧客層がスピードマスターの伝説的ストーリーと機械式時計の魅力に興味を持つようになり、さらに知名度と人気を高めたわけだ。スピードマスター購入層がムーンスウォッチで満足し、スピードマスターを諦める事例はたとえあったとしても決して多くはなかったはずだ。

ムーンスウォッチを構成する3つの特徴
上記でも説明したように、ムーンスウォッチの記録的な成功の要因には、スピードマスターらしいデザインをスウォッチの価格帯に落とし込んだことが大きい。しかしそれ以外にも、スウォッチブランドならではの魅力もふんだんに盛り込まれている。ムーンスウォッチの特徴を順に見ていこう。

ムーンスウォッチの特徴1:オメガ ムーンウォッチをベースとしたデザイン
ムーンスウォッチとオメガ スピードマスター “ムーンウォッチ”
左からムーンスウォッチとオメガ スピードマスター “ムーンウォッチ”

操作ボタン類のガード役を担う右に張り出た左右非対称ケースは、先端に向かって内側に流れるツイストラグや42mm径のサイズを含めてオリジナルと酷似。凹型のインダイヤルや夜光付きインデックス&時・分針などの文字盤デザイン、タキメーターベゼル、ドーム型風防も、スピードマスターの基本的なデザインコードを忠実に再現している。もちろん12時位置やリューズ先端のロゴはオメガとスウォッチの併記となり、オリジナルの手巻きムーブメントに対して電池で動くクォーツ式ムーブメントのためインダイヤルの配置や役割も異なるが、初代ムーンウォッチ(スピードマスター第4世代)と同じ“Dot Over 90”(90の上にドット)と呼ばれるタキメーターデザインを踏襲するなど実に芸が細かい。

ムーンスウォッチの特徴2:高い軽量性と耐傷性、環境への配慮まで実現したバイオセラミック
ムーンスウォッチのサイドビュー
高級時計でよく使用されるセラミックは耐傷性が高い一方、衝撃に弱いという欠点がある。それを補うために2021年、スウォッチはトウゴマの種から抽出したヒマシ油が原料のバイオプラスチックをセラミックに加え、環境負荷の少ないバイオセラミックを開発して特許を取得。セラミックの優れた硬度を保ちながらバイオプラスチックの柔軟性と耐衝撃性を兼ね備える、軽量な複合素材を作り上げた。ムーンスウォッチの各モデルにも同素材は使用されており、従来のプラスチックより高級感あるマットな質感がプロダクトとしての質感をアップさせている。

ムーンスウォッチの特徴3:それぞれにテーマが設けられた豊富なカラーバリエーション
ムーンスウォッチのカラーバリエーション
たとえば初代ムーンスウォッチには太陽系の惑星の特徴を反映した11種類のカラーバリエーションがあり、2023年から2024年にかけて一世を風靡したミッション トゥ ムーンシャイン ゴールドは満月に着想を得たテーマをクロノグラフ秒針に落とし込むことでそれぞれに特別な意味と魅力を持たせた。また、裏側の電池カバーまでテーマに合わせてデザインするなど、こだわりはディテールの隅々に行きわっている。1度逃せばもう手に入らないという希少性、その一方でコンプリートも可能な手の届きやすい価格設定と相まって、コレクター魂が強く刺激されるのだ。ここには、スウォッチブランド的なバリエーション展開のノウハウが生かされている。

ムーンスウォッチのケースバック
ムーンスウォッチのケースバック
ムーンスウォッチまとめ。初代からミッション トゥ アースフェイズまで
スウォッチ×オメガによる初代ムーンスウォッチ
2022年3月の初代コレクション誕生からわずか数年で、ムーンスウォッチのバリエーションは驚くほど増えた。太陽系の惑星をテーマにした初代コレクションに続き、ミッション トゥ ムーンシャイン・ゴールドやスヌーピーのムーンフェイズモデルなど、天体にまつわる魅力的な新作を次々と発表。オメガとスウォッチのコラボレーションの可能性は、宇宙のように無限に広げっている。

初代ムーンスウォッチ11モデル
ミッション トゥ ザ サン(Mission to the Sun)

ムーンスウォッチ ミッション・トゥ・ザ・サン
明るくイエローに輝く太陽をモチーフにしたモデル。太陽光線を模したサンレイ仕上げという伝統的な装飾を施したダイヤルには、鮮やかなゴールドカラーをあしらった。各指針やタキメーター目盛りにはオレンジを組み合わせ、強烈な太陽のエネルギーを表現した。インダイヤル、タキメーター、ストラップのスタイリッシュなホワイトが好相性。

ミッション トゥ ザ マーキュリー(Mission to Mercury)

ムーンスウォッチ ミッション・トゥ・ザ・マーキュリー
太陽に最も近い惑星・水星をテーマにした人気モデル。ディープグレーのケースにメタリックグレーのストラップを合わせ、グレー文字盤のインダイヤルとベゼルはブラック、クロノグラフ秒針とサブダイヤルの針、タキメーターの目盛りでホワイトを挿している。水星の表面をイメージしたモノトーンデザインが、シンプルながらも洗練された印象だ。

ミッション トゥ ザ ヴィーナス(Mission to the Venus)

ムーンスウォッチ ミッション・トゥ・ヴィーナス
英名で愛の女神(ヴィーナス)と呼ばれる金星をモチーフにした、女性にも人気の高いモデル。ケースと指針はパステルピンク、ダイヤルがアイボリーで、ストラップはホワイトというフェミニンな色使いで金星の美しさと魅力を表現。エッジにダイヤモンドのようなあしらいを乗せた楕円形のインダイヤルが、女性らしいエレガントさを添える。

ミッション オン アース(Mission on Earth)

ムーンスウォッチ ミッション・トゥ・ヴィーナス
水と緑の惑星、かけがえのない母なる地球をテーマにしたモデル。アースグリーンのケースにネイビーブルーのダイヤルとホワイトのインダイヤル、ブラウンのクロノグラフ秒針&インダイヤル針を組み合わせ、大地や海、漂う雲といった地球の自然を表現した。ストラップは文字盤やベゼルと同じネイビーブルーでコーディネートして統一感を生み出している。

ミッション トゥ ザムーン(Mission to the Moon)

ムーンスウォッチ ミッション・トゥ・ザ・ムーン
オメガの伝統的なスピードマスター ムーンウォッチに最も近いモノトーンデザインは、もちろん月がモチーフ。SSの色味に似たスチールグレーのケースに、ダイヤルとストラップは精悍なブラックで統一。全ての指針とタキメーター目盛りをホワイトとし、クラシックなムーンウォッチの雰囲気と瞬時の視認性を両立している。

ミッション トゥ マーズ(Mission to Mars)

ムーンスウォッチ ミッション・トゥ・マーズ
燃えるようなレッドが鮮烈な、火星をテーマにしたモデル。ダイヤルとタキメーター、ストラップはホワイトとし、鮮やかな赤色で火星の荒々しい風景を表現。インダイヤルの宇宙船の形をしたレッド針と中央の赤いクロノグラフ針は、1972年の“スピードマスター アラスカプロジェクII”へのオマージュだ。

G-SHOCK初号機にオマージュを捧げたDW-5000Rが登場。

G-SHOCKというブランド、そしてその愛好家にとってDW-5000Cは特別な存在だ。“オリジン”の名でも知られるこのモデルは1983年のブランドデビュー時に記念すべき1作目として発表され、その後に続くG-SHOCKのあり方を決定づけた。シルエットを見ればひと目でG-SHOCKとわかるそのフォルムは、2023年6月26日に特許庁によって“立体商標”に認定。長きに人々に長く愛され、認知されてきたこと如実に示すエピソードである。

そしてこの冬、カシオ時計製造50周年を締めくくるかのようにスペシャルなモデルが発表された。DW-5000Cのデザインを現代のG-SHOCKに求められるスペックを満たしたうえで再現した、DW-5000R。オリジンの持つ精神性も強く打ち出した、非常に意義深い1本だ。

DW-5000Cが生まれた1983年当時と現在では、G-SHOCKが実施している品質試験のハードルは大きく異なる。そのため、DW-5000Rにおいては単純にDW-5000Cのフォルムをトレースすることが許されなかった。特に、これまでのオリジンモチーフのモデルにおいてブランドのファンが求めてきたフラットなベゼル(現在、12時方向のPROTECTION、6時方向のG-SHOCK部分は段差が設けられ盛り上がっている)を実現するためには、DW-5000Cの41.6mm径では十分な耐衝撃性を確保することができない。この問題を解決するために、カシオは本作のケース径を42.3mmまで拡張。オリジンの雰囲気を崩さず、要件を満たすためにギリギリの調整を行った。

また、当時のデジタル表示を再現するために最新のモジュールにアレンジを施している。現代的なスペックを持たせつつ、顔立ちはノスタルジーを感じさせるものとした。微細な調整ではあるが、根強いファンに応えたいというカシオの意気込みを感じさせる。

もっと細かな点を挙げれば、サイドのボタンを押しやすいようにとボタンの下半分側が1段低くなっていたり、環境に配慮したバイオマスプラスチックの採用などアレンジは各所に見られる。しかしカシオは、それらの現代的な需要を踏まえつつもその外観を限りなくオリジンに近く寄せてみせた。そしてSNS上での予想を裏切り、本作は限定ではなく通常モデルとして展開される。初回ロットで購入できなくても、いつかは手に入れられるということだ。価格は3万3000円(税込)となっている。

ファースト・インプレッション
これまでにもオリジンモチーフのモデルはいくつか発表されてきた。しかし、樹脂製ケースでここまでG-SHOCKファンの要望に応えたモデルはかつて存在していない。フラットなベゼルに、当時に忠実な時刻表示。そして本作は海外の提携工場ではなく、山形カシオで製造されている。熱烈なファンのなかには初号機のレンガパターン右下に配された“JAPAN”の文字を覚えている人もいるだろう。日本初の日本製タフネスウォッチとしての誇りを示すこの表記は、過去のオリジンモチーフモデルには見られなかったものだ。カシオによると、DW-5000Rは決して山形カシオでしか作れないモデルではないという。だが、その精神性を示すうえでは名実ともに日本製であることが重要だったのだろう。

そのこだわりは、外装からは判別できないインナーケースにまで及んでいる。現在でこそカーボン素材を使用した軽量かつ対衝撃性を意識した構造が取られているが、DW-5000Rでは当時と同じステンレススティール(SS)製のインナーケースを採用した。正直この時計のオーナーは、意図的にバイオマスプラスティック製のベゼルを取り払わない限りインナーケースを拝むことはないだろう。しかしカシオはこの点においても誠実であった。多少重量は増したかもしれないが、ファンが求めるものを理解し、きちんと本作に落とし込んだのだ。

DW-5000Rはオリジンの意匠を投影しつつ、ただ原作をなぞる以上の価値を有したプロダクトに仕上がってたと個人的に思っている。G-SHOCKは進化し続けるブランドだ。皆が求めるスペックを高密度実装技術をはじめとしたテクノロジーでカバーし、常に僕たちの予想を上回ることを目的に開発されてきた。そのフィロソフィーは本作にも確かに継承されている。カシオがDW-5000Rを通常モデルとして展開したところには、G-SHOCKの原点たる精神性を定め、それを店頭で実感して欲しいという意図があったのだという。僕個人としてももちろん本作を手に入れたいが、初期ロットにこだわらずゆっくり様子を見たい。1983年に伊部菊雄氏が立ち上げたG-SHOCKのあり方は揺るぎなく、そう簡単に移り変わるものではないのだから。

基本情報
ブランド: G-SHOCK
型番:DW-5000R

直径: 42.3mm
ケース素材: バイオマスプラスチック、インナーケースはSS製
文字盤色: ブラック
夜光: LEDバックライト(スーパーイルミネーター)
防水性能: 20気圧
ストラップ/ブレスレット:バイオマスプラスチック
追加情報: 100分の1秒ストップウォッチ、タイマー、マルチアラーム、報音フラッシュ機能