オメガ(Omega)とスウォッチ(Swatch)のコラボレーションによって、2022年3月にスウォッチの時計コレクション“ムーンスウォッチ(MoonSwatch)”が誕生した。この時計が時計業界でも近年まれにみる大ヒットとなった理由は、高級時計ブランドとして知られるオメガの人気モデルであるスピードマスター ムーンウォッチ(以下、スピードマスター)のデザインを、スウォッチらしくクリエイティブにアレンジしたところにある。新開発のバイオセラミック製ケースにベルクロストラップを合わせたムーンスウォッチは、軽量でありながら耐久性と精度に優れ、高級ブランドのテイストを手軽に楽しめるクォーツ式クロノグラフとして世界の人々に腕時計の魅力を再認識させてくれた。
ムーンスウォッチに対する評判
ムーンスウォッチ発売当日の様子
初代ムーンスウォッチの広告戦略は極めて巧みでドラマチックだった。SNSやティザー広告、ニューヨーク・タイムズ紙への全面広告など、1週間ほど前から少しずつ情報を明らかにしていき、発売2日前にはじめて“ムーンスウォッチ”のコレクション名とビジュアルを公開。そして2022年3月26日(土)の発売当日は時計界にとってまさしく歴史的な1日となった。オンラインでは購入できないため、販売告知されたスウォッチストア前には世界中で熱狂的なファンが長蛇の列を作った。ニューヨークのタイムズスクエアには2000人近くが集まり、ロンドンでは安全確保のためイベントが中止された。また渋谷・原宿・心斎橋で販売される予定だった日本でも人が集まりすぎて近隣警察が出動し、3店とも発売延期の事態となった。
ムーンスウォッチ発売時の様子
社会現象ともなったこの世界的な熱狂により、スウォッチの2022年の売り上げは記録的なものとなった。ムーンスウォッチの販売数は100万本を突破し、スウォッチ グループ全体の売上高も前年比で4.6%アップ。スマートウォッチに押されぎみだった近年のスウォッチだが、新作発表のたびに繰り返される大行列は時計界全体にも自信を与え、業界の活性化にも寄与することになった。手ごろな価格と高感度なデザイン、良質なコンセプトと企画次第で、より多くの人々に時計の魅力を伝えられることをムーンスウォッチは証明したのである。
ムーンスウォッチのベースとなった時計、オメガの“ムーンウォッチ”とは
オメガ スピードマスター ムーンウォッチとは
オメガのスピードマスターは、1957年に誕生したクロノグラフ(ストップウォッチ機能付き)ウォッチである。堅牢性と視認性の高さが評価され、過酷な選抜テストを経て1965年にNASA(アメリカ航空宇宙局)の公式装備品に採用された。スピードマスターが“ムーンウォッチ”と呼ばれるようになったのは、何を隠そう1969年のアポロ11号による人類初の月面着陸に同行したことがきっかけだ。1970年には絶体絶命の危機にあったアポロ13号の乗組員たちを救い、その信頼性はさらに高まった。スピードマスターを装着することは、こうした人類史に残る偉業をオーナー自身が共有することと同義なのである。その歴史的背景と技術的な優位性から、時計愛好家が憧れる高級スポーツウォッチのひとつとなっている。
オメガ スピードマスター ムーンウォッチとは
ムーンスウォッチの成功は、スウォッチ グループの稼ぎ頭であるオメガの売上げにもポジティブな影響を与えた。同グループCEOのニック・ハイエック・ジュニア氏によると、ムーンスウォッチ発売後にオメガ ブティックでスピードマスターの売上げが50%増加したと報告されている。
ムーンスウォッチはスピードマスターのデザインコードを手ごろな価格に落とし込んだことで、多くの新規ユーザーを獲得した。この新しい顧客層がスピードマスターの伝説的ストーリーと機械式時計の魅力に興味を持つようになり、さらに知名度と人気を高めたわけだ。スピードマスター購入層がムーンスウォッチで満足し、スピードマスターを諦める事例はたとえあったとしても決して多くはなかったはずだ。
ムーンスウォッチを構成する3つの特徴
上記でも説明したように、ムーンスウォッチの記録的な成功の要因には、スピードマスターらしいデザインをスウォッチの価格帯に落とし込んだことが大きい。しかしそれ以外にも、スウォッチブランドならではの魅力もふんだんに盛り込まれている。ムーンスウォッチの特徴を順に見ていこう。
ムーンスウォッチの特徴1:オメガ ムーンウォッチをベースとしたデザイン
ムーンスウォッチとオメガ スピードマスター “ムーンウォッチ”
左からムーンスウォッチとオメガ スピードマスター “ムーンウォッチ”
操作ボタン類のガード役を担う右に張り出た左右非対称ケースは、先端に向かって内側に流れるツイストラグや42mm径のサイズを含めてオリジナルと酷似。凹型のインダイヤルや夜光付きインデックス&時・分針などの文字盤デザイン、タキメーターベゼル、ドーム型風防も、スピードマスターの基本的なデザインコードを忠実に再現している。もちろん12時位置やリューズ先端のロゴはオメガとスウォッチの併記となり、オリジナルの手巻きムーブメントに対して電池で動くクォーツ式ムーブメントのためインダイヤルの配置や役割も異なるが、初代ムーンウォッチ(スピードマスター第4世代)と同じ“Dot Over 90”(90の上にドット)と呼ばれるタキメーターデザインを踏襲するなど実に芸が細かい。
ムーンスウォッチの特徴2:高い軽量性と耐傷性、環境への配慮まで実現したバイオセラミック
ムーンスウォッチのサイドビュー
高級時計でよく使用されるセラミックは耐傷性が高い一方、衝撃に弱いという欠点がある。それを補うために2021年、スウォッチはトウゴマの種から抽出したヒマシ油が原料のバイオプラスチックをセラミックに加え、環境負荷の少ないバイオセラミックを開発して特許を取得。セラミックの優れた硬度を保ちながらバイオプラスチックの柔軟性と耐衝撃性を兼ね備える、軽量な複合素材を作り上げた。ムーンスウォッチの各モデルにも同素材は使用されており、従来のプラスチックより高級感あるマットな質感がプロダクトとしての質感をアップさせている。
ムーンスウォッチの特徴3:それぞれにテーマが設けられた豊富なカラーバリエーション
ムーンスウォッチのカラーバリエーション
たとえば初代ムーンスウォッチには太陽系の惑星の特徴を反映した11種類のカラーバリエーションがあり、2023年から2024年にかけて一世を風靡したミッション トゥ ムーンシャイン ゴールドは満月に着想を得たテーマをクロノグラフ秒針に落とし込むことでそれぞれに特別な意味と魅力を持たせた。また、裏側の電池カバーまでテーマに合わせてデザインするなど、こだわりはディテールの隅々に行きわっている。1度逃せばもう手に入らないという希少性、その一方でコンプリートも可能な手の届きやすい価格設定と相まって、コレクター魂が強く刺激されるのだ。ここには、スウォッチブランド的なバリエーション展開のノウハウが生かされている。
ムーンスウォッチのケースバック
ムーンスウォッチのケースバック
ムーンスウォッチまとめ。初代からミッション トゥ アースフェイズまで
スウォッチ×オメガによる初代ムーンスウォッチ
2022年3月の初代コレクション誕生からわずか数年で、ムーンスウォッチのバリエーションは驚くほど増えた。太陽系の惑星をテーマにした初代コレクションに続き、ミッション トゥ ムーンシャイン・ゴールドやスヌーピーのムーンフェイズモデルなど、天体にまつわる魅力的な新作を次々と発表。オメガとスウォッチのコラボレーションの可能性は、宇宙のように無限に広げっている。
初代ムーンスウォッチ11モデル
ミッション トゥ ザ サン(Mission to the Sun)
ムーンスウォッチ ミッション・トゥ・ザ・サン
明るくイエローに輝く太陽をモチーフにしたモデル。太陽光線を模したサンレイ仕上げという伝統的な装飾を施したダイヤルには、鮮やかなゴールドカラーをあしらった。各指針やタキメーター目盛りにはオレンジを組み合わせ、強烈な太陽のエネルギーを表現した。インダイヤル、タキメーター、ストラップのスタイリッシュなホワイトが好相性。
ミッション トゥ ザ マーキュリー(Mission to Mercury)
ムーンスウォッチ ミッション・トゥ・ザ・マーキュリー
太陽に最も近い惑星・水星をテーマにした人気モデル。ディープグレーのケースにメタリックグレーのストラップを合わせ、グレー文字盤のインダイヤルとベゼルはブラック、クロノグラフ秒針とサブダイヤルの針、タキメーターの目盛りでホワイトを挿している。水星の表面をイメージしたモノトーンデザインが、シンプルながらも洗練された印象だ。
ミッション トゥ ザ ヴィーナス(Mission to the Venus)
ムーンスウォッチ ミッション・トゥ・ヴィーナス
英名で愛の女神(ヴィーナス)と呼ばれる金星をモチーフにした、女性にも人気の高いモデル。ケースと指針はパステルピンク、ダイヤルがアイボリーで、ストラップはホワイトというフェミニンな色使いで金星の美しさと魅力を表現。エッジにダイヤモンドのようなあしらいを乗せた楕円形のインダイヤルが、女性らしいエレガントさを添える。
ミッション オン アース(Mission on Earth)
ムーンスウォッチ ミッション・トゥ・ヴィーナス
水と緑の惑星、かけがえのない母なる地球をテーマにしたモデル。アースグリーンのケースにネイビーブルーのダイヤルとホワイトのインダイヤル、ブラウンのクロノグラフ秒針&インダイヤル針を組み合わせ、大地や海、漂う雲といった地球の自然を表現した。ストラップは文字盤やベゼルと同じネイビーブルーでコーディネートして統一感を生み出している。
ミッション トゥ ザムーン(Mission to the Moon)
ムーンスウォッチ ミッション・トゥ・ザ・ムーン
オメガの伝統的なスピードマスター ムーンウォッチに最も近いモノトーンデザインは、もちろん月がモチーフ。SSの色味に似たスチールグレーのケースに、ダイヤルとストラップは精悍なブラックで統一。全ての指針とタキメーター目盛りをホワイトとし、クラシックなムーンウォッチの雰囲気と瞬時の視認性を両立している。
ミッション トゥ マーズ(Mission to Mars)
ムーンスウォッチ ミッション・トゥ・マーズ
燃えるようなレッドが鮮烈な、火星をテーマにしたモデル。ダイヤルとタキメーター、ストラップはホワイトとし、鮮やかな赤色で火星の荒々しい風景を表現。インダイヤルの宇宙船の形をしたレッド針と中央の赤いクロノグラフ針は、1972年の“スピードマスター アラスカプロジェクII”へのオマージュだ。